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サトームセンはなぜ無くなった? 閉店までの経緯
ある日突然なくなったのではなく、数年かけて少しずつ形が変わっていきました。資料にある範囲で、その順番をたどります。
なつかしさ ★★★☆☆
このページの要点
- 2003年1月から2004年3月に、秋葉原の7店を含む20店が閉鎖されました。
- 2005年4月にマツヤデンキと提携し、同年7月に新生銀行系の投資ファンドの傘下に入りました。
- 2006年10月にぷれっそホールディングスで経営統合し、2007年6月にヤマダ電機の完全子会社になりました。
- 2007年12月22日に全店のヤマダ電機への転換が完了し、2008年7月15日に事業停止、2013年5月31日に吸収合併で法人も消滅しました。
「もう無くなってたんだなぁ」
サトームセンの話題が出ると、決まって出てくる感想があります。「あれ、もう無くなってたの?」。ある掲示板では、閉店を知って「もう無くなってたんだなぁ」と懐かしむ書き込みが紹介されています。
CMの記憶が鮮明なぶん、店が消えたことに気づかなかった、という人は少なくありません。ここでは、いつ、どんな順番で店が姿を消していったのかを、資料にある範囲で整理します。原因をあれこれ推測するのではなく、起きたことを順番に見ていきます。
CMが頭に残りすぎて、店がなくなったことのほうが実感わかないんだよね。
業績が悪化した背景
背景として解説されているのは、バブル崩壊後に郊外型の量販店が伸びたことです。ヤマダ電機やヨドバシカメラのような店が勢いを増すなかで、サトームセンの業績は悪化した、と消滅時の記事は説明しています。
ほかには、ネット通販の普及を要因に挙げる解説もあります。ただしこれは解説者の見方で、会社の発表ではありません。ひとつの理由に決めつけず、「そう言われている」くらいに受け取るのがよさそうです。
20店閉鎖から、提携とファンドへ
最初に目立つ動きは、2003年1月から2004年3月にかけての店舗整理です。秋葉原の7店を含む20店が閉鎖されました。
そのあとの流れを、年表にします。
- マツヤデンキと提携。佐藤一族が経営から退き、檜山健一郎が社長・会長に就任
- 新生銀行系の投資ファンドの傘下に入る
- 秋葉原の3店舗と綱島の店舗を、不動産会社のゼファーにより証券化
- ノンマニュアル主義・制服なしの制度を改める
- マツヤデンキ、星電社とともに「ぷれっそホールディングス」を設立。社長は海老原重範
創業家が経営から退いたことは、会社の姿が大きく変わる節目でした。なお、ここに挙げた出来事のあいだに因果関係があると示す資料は、見当たりません。順番に起きたこととして読んでください。
ヤマダ電機の傘下に入ってから
2007年6月29日、ぷれっそホールディングスがヤマダ電機の完全子会社になりました。ヤマダの買収は同年5月と報じた記録もあり、日付は資料によって分かれます。
そこから店の姿は、短期間で変わります。
| 日付 | できごと |
|---|---|
| 2007年11月11日 | 秋葉原の駅前1号店が閉鎖。秋葉原での一般家電の販売から撤退 |
| 2007年12月22日 | 全店舗のヤマダ電機への転換が完了 |
| 2008年7月15日 | 事業停止。旧店舗はヤマダ電機の直営になり、サトームセンは資産管理会社に |
| 2008年9月 | 登記上の本店をヤマダ電機の本社内に移転 |
| 2013年5月31日 | ヤマダ電機に吸収合併され、法人として消滅 |
合併そのものは、2013年4月25日のヤマダ電機の取締役会で決まりました。その1か月ほど後に、会社は書類の上でも姿を消したことになります。
時期を取り違えやすい点
ネットで調べていると、地上デジタル放送への完全移行(2011年7月)や、その後の薄型テレビ販売の落ち込みと結びつけた話を見かけることがあります。しかしサトームセンの店は、2007年末までに屋号を掲げた店がなくなっています。地デジの移行より前の話です。
業界全体の流れを背景として知るのは楽しいですが、サトームセンの消滅の理由として、地デジの特需と反動を結びつけることはできません。時系列を見れば、すぐに分かります。
また、2代目CMが始まった2005年は、提携やファンド傘下入りの年と重なっています。これは事実として並んでいるだけで、CMの切り替えが経営の動きによるものだったかどうかは、何も言えません。
店は消えても、曲は残った
会社が消える過程を見てきましたが、読後感はどうでしょう。さみしい気持ちになった人もいると思います。
ただ、あのCMソングは消えませんでした。店が無くなったあとも、コンピレーションアルバムに入り、串田アキラのベスト盤に収録され、カラオケでも歌われています。店の最後を知ったうえで聴くと、あの明るさがすこし違って聞こえるかもしれません。
CMの話は サトームセンのCM 全解説 へ、会社の年表は サトームセンの歴史 へどうぞ。秋葉原という街との結びつきは 秋葉原といえばこの店 にあります。
よくある質問
サトームセンはなぜ無くなったのですか?
バブル崩壊後に郊外型の量販店が伸びて業績が悪化したと解説されています。その後、提携と経営統合を経て、2007年にヤマダ電機グループの一員となり、全店が転換されました。
サトームセンの店が全部なくなったのはいつですか?
2007年12月22日に、全店舗のヤマダ電機への転換が完了しました。11月11日には秋葉原の駅前1号店が閉鎖されています。
サトームセンの法人は、いつ消滅しましたか?
2013年5月31日にヤマダ電機へ吸収合併されて消滅しました。合併は同年4月25日のヤマダ電機の取締役会で決まっています。